今見ると京都嵯峨を連想させるが、佐々木六角氏当時にはこの間道は東近江市五個荘町から野洲まで続いていた間道であり、道並みには寺や武家屋敷が連なっており往時の面影を伝えている。今は竹林に覆われて道のところどころに遺構が見られ歴史の深さが伝わってくる興味深い道であるが通る人の姿は見かけない。


景清道の位置


この道を真っ直ぐ進む


矢印の方へ

突然、大自然の道が開かれる

 

 

 

行けども行けどもこんな道...

 

真下に教林坊が見えてくる

井戸

武家屋敷または坊跡

道なりに進むとここへ出てくる(観音谷)

ここから更に景清道を進むとこんな風景も...
 

かなり大きな石垣

古墳


 

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